ART & PLACES

ゴッホは、日本に来たことがない。

JAPONISM Editorial

ロゴが刻まれたJAPONISMの石鹸と、葛飾北斎の波を配した包み紙(FUJI)

それでも、彼が描いた絵の中には、日本の気配が残されています。

鮮やかな色彩。

大胆な構図。

輪郭のはっきりした木々や花。

それらの表現の背景には、ゴッホが夢中になった日本の浮世絵がありました。

ゴッホが見つけた、もう一つの日本。

フィンセント・ファン・ゴッホは、生涯、日本を訪れることがありませんでした。

けれども、彼は数百点もの日本の版画を集めていたことで知られています。

その中でも、特に強い関心を寄せていたと考えられているのが、浮世絵師・歌川広重です。

ゴッホが集めた版画には、広重の風景版画も数多く含まれていました。

さらに興味深いのは、集めた浮世絵を、ただ眺めていたわけではないということです。

所蔵していた版画には、絵の具の染みや、壁に留めたと考えられるピンの跡が残っているものもあります。

日本の絵は、彼の制作する空間に実際に存在していたのです。

一枚の版画を、自分の絵に描き直した。

1887年、ゴッホは広重の作品をもとに、油絵を制作しました。

『雨の大橋』や『花咲く梅の木』として知られる作品です。

広重の描いた構図を借りながら、そこにはゴッホ自身の強い色彩と筆づかいが重ねられています。

これは、単なる模写とは少し違うように思えます。

遠く離れた国の表現を、自分の感性で受け取り、もう一度描き直す。

そこには、異なる文化が出会う面白さがあります。

ゴッホにとって日本とは、訪れた場所ではなく、絵を通じて想像を広げられる場所だったのかもしれません。

絵を鑑賞する、その先にあるもの。

JAPONISMもまた、芸術とのつながりを大切にしています。

「大ゴッホ展」という場で、私たちの品を手渡す機会がありました。

展覧会で一枚の作品に心を動かされても、その時間はやがて終わります。

展示室を出て、いつもの生活へ戻っていく。

けれども、そこで感じた何かが、日常の中にも残っていたら。

旅先で見た風景を思い出すように、作品との出会いをふと思い返すことができたら。

私たちは、そんな小さな余韻を届けたいと思っています。

日本は、遠くにあっても、近くにある。

ゴッホが浮世絵を通じて日本に心を寄せたように、文化との出会いには、必ずしも距離が必要なわけではありません。

一枚の絵。

ひとつの香り。

毎日使う、ささやかなもの。

それらが、ときに遠くの風景を身近にしてくれることがあります。

日本を訪れた人にも、まだ訪れたことのない人にも。

JAPONISMは、日本の文化が暮らしの中に静かに残っていく、そのきっかけをつくりたいと考えています。