THE WRAPPER
浮世絵は、本当に包み紙として海を渡ったのか。

19世紀、海を渡った日本の絵が、ヨーロッパの芸術家たちの心を動かしました。
その絵は、必ずしも美術品として大切に運ばれたものばかりではなかったといいます。
陶磁器などの品物を包む紙として、日本の版画が海を渡った。そんな逸話が、ジャポニスムの歴史には残されています。
包み紙の中に、誰かの宝物があった。
フランスの画家クロード・モネが、オランダの香辛料店で、包み紙として使われていた日本の版画に出会ったという話があります。
ニューヨークのメトロポリタン美術館も「そう言われている」と紹介している、興味深い逸話です。
もちろん、日本の浮世絵がすべて包み紙として海を渡ったわけではありません。
19世紀後半、日本と西洋の貿易が広がると、版画や工芸品はさまざまな経路を通じてヨーロッパへ届くようになりました。
ただ、この包み紙の話には、私たちが大切にしたい視点があります。
ある場所では何気ないものが、別の場所では、かけがえのないものになる。
その価値は、ときに国境を越えてから見つかるのかもしれません。
日本人には日常だった風景が、西洋では新しかった。
大胆に切り取られた風景。
画面の端で途切れる木の枝。
平面的な色彩と、潔い余白。
浮世絵の表現は、当時のヨーロッパの絵画とは異なる魅力を持っていました。
モネやゴッホをはじめとする芸術家たちは、そこに新しい絵画の可能性を見いだしていきます。
遠近法や写実的な表現だけでは描けない世界が、日本の版画にはありました。
江戸の人々が眺めていた風景が、遠く離れた国で、絵画のあり方を考え直すきっかけになったのです。
この日本文化への関心と影響は、やがて「ジャポニスム」と呼ばれるようになります。

包むということは、届けるということ。
JAPONISMの石鹸が、一枚の日本の絵に包まれているのには、理由があります。
私たちは、包みを単なる商品の外側とは考えていません。
手に取った瞬間に見える色や形。
包みを開く前の、ほんの短い時間。
その中に、日本の文化との出会いをつくれたらと思っています。
かつて海を渡った日本の絵が、誰かの心を動かしたように。
現代の暮らしの中でも、そんな小さな出会いが生まれることを願っています。
日本を、持ち帰ったその先へ。
JAPONISMは、その続きをつくっていきます。



